女性差別

カースト差別と並び、インドをはじめとした南アジアの国には、暴力や殺人にまで至る、深刻な女性差別が存在しています。社会に根深くはびこる女性差別は、特にダリットなどのマイノリティや先住民族の女性、女の子達を、複合差別と貧困の連鎖の中で、より困難な状況に追いやっています。カースト制度やその他の慣習の中には女性に対し差別的、暴力的なものが多々あり、女性に対する差別的・蔑視思考は主要社会やマイノリティの男性のメンタリティにも深く浸透していることが多いからです。特に農村部などの、教育や外部との接触の機会の制限された環境、社会では、女性の権利や人権侵害という概念や、認識すら存在していないところも多くあります。そのような環境の中で、女性たちのほとんどは、あからさまな差別や暴力をカーストや伝統、慣習に基づく運命として受け入れざるをえず、耐え忍んでいます。

2012年12月にデリーで起きたレイプ・殺人事件を通し、インドの女性に対する暴力の状況に注目が集まりましたが、ダリットや先住民族の女性に対する暴力の数は、司法機関に届け出られているそれよりも遥かに高いものになっています。一説には、カーストを持つグループからのダリットや先住民族の女性に対する暴力、レイプの頻度は、届け出られていないもの、もみ消されているもの、カースト制度の決まりやしきたりとして「正当化」されてしまっているものも含めると、一日に50〜60数件起きている、ともされています。しかしそのような被害にあっても、被害者救済措置はほとんど無いか、あったとしても機能しておらず、警察に届け出ても、ダリットや先住民族であることが分かると無視されたり、むしろ逆に警察によるハラスメントや非難、さらなる暴力の対象とされることも少なくありません。また警察が加害者である場合すらあります。仮に届け出を行い、捜査や起訴等がなされた場合にも、加害者側である上位・下位カーストから報復行為がとられたり、レイプ被害者や家族がさらなるスティグマと差別にさらされることもあり、被害者側が泣き寝入りせざるを得ない状況がほとんどです。

またインド農村部の多くには、その村の男性年配者を中心とした、村裁判のようなものがありカースト制度の慣習やその村のしきたりの履行を監視しています。この「監視」機関により、インドの法律などとは関係なく、例えば携帯電話を使った、異なるコミュニティの男性と交流した、伝統的服装ではなくTシャツやジーンズその他「淫らな」服装をした、村の風紀を乱した、などの理由で女性が裁かれることがあり、その際に暴力や性的虐待、レイプなどが制裁行為としてとられていることも少なくなく、問題になっています。

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さらにインドには、結婚の際に花嫁側が花婿側に多額の持参金や財産物資を与える、「ダウリ」という慣習があり、女性側に多額の結婚費用が必要となります。そのため女子の誕生を喜ばない家庭も多く、女子であることが分かると堕胎する人が多いため、インドでは出産前の性別診断が禁止されています。それでも家族による女子の胎児、新生児、幼児の殺害が後を絶たちません。生まれた女子を遺棄してしまう家族、時には女子の誕生を原因として自殺をしてしまう親もいます。一人親や孤児の子どもも多く、子どもの虐待や売買、搾取、児童労働等の温床ともなっています。もともと貧困に喘ぐダリットや先住民族の家庭では、更にこの傾向が強く、特に一家の働き手である父親がいなくなった一人親の家庭や、祖父母・親戚にひきとられた孤児など、さらなる経済的困難に見舞われている場合も多くあります。

「どうせいずれは多大の費用とともに家を出るのだから、女子に教育はいらない」「学校に行く費用と時間があるなら働ける」「早いうちに結婚させてしまったほうがいい」などと考える両親、家族も多くいます。そのため十分な義務教育の機会すら与えられず、10代前半のうちから仕事に出されたり、18歳未満で結婚をささせられる女性も多くいます。特に農村部では義務教育を中断して働きに出ている女性の率は高く、その意思に関わらず、11、12歳前後で結婚をさせられたり、10代前半からの度重なる妊娠や出産が原因で、早期に亡くなってしまう女性もいます。

結婚後も男尊女卑の状態は続き、男性側家族から何らかの因縁を付けられ、ハラスメントや暴力を受ける女性も少なくありません。家庭内暴力や婚姻内レイプ等も数多く起きていますが、被害者救済措置が全くといいほど欠落している社会で、家族への心配や警察への不信などから正式な届け出があることはもちろん、ちゃんとした捜査が行われることも稀です。また貧困層の家庭では、日々の困難からアルコールに逃げ道を探す男性も多く、それがさらに家庭内暴力や事故・疾患等による死亡、さらに自家製アルコールによる中毒死等にもつながっています。

近年報告されたケースとして、特に10代前半の女子を対象に監禁労働を強要し、搾取を行う悪質業者もでてきています。経済発展により、それまで農村部だった地域にも、農地を開拓して工場が多く建てられました。しかし報告された業者は、そのような地域で、貧困層の人々にとっては比較的高額、かつ安定した収入を約束し、10代の女性を対象に複数年の労働契約を結び、実際に最低限の報酬を得られた場合もありますが、ひどい場合、工場への斡旋料や住み込み代などを事前に要求し、払えない人は借金、もしくはその後の労働で返済するという形をとらせます。給料を前借りで家族にわたす、という場合もあります。いずれにせよ業者はその後、それらの借金や前借りの給料を盾に、契約した女性達を、工場内や隣接した建物に半ば監禁状態で住まわせ、長時間労働を強制しています。行動を厳しく監視され、週末も含め外出などもほとんど許されない状態で、斡旋業者や雇用者(大概は上位カースト)、その他の労働者からの、性的虐待やレイプなどの被害に遭うケースもあります。性交渉や法律などの十分な知識や経験も無い中で、外部との接触や連絡も絶たれ、一人苦しんでいる、虐待の結果妊娠してしまい、強制堕胎させられる、妊娠を理由に十分な、もしくはなんらの補償も無いまま契約を破棄される、これらを苦にして自殺してしまう、という被害が報告されています。

カースト制度において不可触民は「不浄」とされ、全てにおいて隔離や差別が行われているのに対し、不可解なことに、カースト男性による不可触民女性への性的虐待、レイプ等は不浄ではないとされています。