カースト差別

インドを始め、南アジア(ネパール、バングラデシュ、スリランカ、パキスタンなど)のヒンズー教の影響を受けた社会には、紀元前からカースト制度と呼ばれる身分制度が存在しています。この制度の中ではバラモン/ブラーミン(司祭・僧侶)が最上位カーストとされ、その下にクシャトリア(王侯・諸侯)、バイシャ(商人)といういわゆる上位カースト、更に、これら上位カーストに隷属する下位カーストとしてシュードラ(隷属民)という身分が作られています。カーストは基本的に家系・世系として受け継がれ、これら4つのカーストに属する人々がヒンズー社会の「主要」もしくは「正式」な構成員として、それぞれの役目と権益を持ち、社会、経済、政治の統制・支配が行われてきました。しかしその背景には、カーストを与えられず、それゆえ正式な社会の構成員としてだけでなく、人として認められぬまま、社会の底辺で牛馬のような労働力や売買する物のように扱われ、抑圧、差別、貧困を強いられてきた人々がいます。

カースト制度には多くの慣習や決まりがあり、上記の4つのカーストに属さない人々は元来「低級」かつ「不浄」な人とされてきました。その多くは死体の処理や糞尿処理、葬送、清掃や洗濯などをはじめとした、カーストを持つ主要社会の人々が行わない(または行いたくない)特殊な役目・仕事をサブ・カーストとして強制的にあてがわれ、その低級・不浄さや仕事を理由に、主要社会と接触してはいけない存在(不可触民)として差別されてきました。例えば現在でも、多くの農村部でカーストを持つ人と持たない人の居住区が明確に分けられており、不可触民とされる人たちにはカーストを持つ人々が使用する寺院や水源を使うことはおろか、近づくことさえ許されていません。学校やお墓でも似たような隔離が行われています。これらカースト制度の原則や決まりを破ったとみなされた不可触民に対しては、カーストを持つ人々から、レイプや殺人を含む、あからさまな暴力による制裁が加えられることがよくあります。しかしそのほとんどは警察による何らの調査すら行われぬまま、加害者は不処罰、被害者は放置されています。サブ・カーストもカーストと同様、家系・世系として受け継がれ、その家系・世系以外のサブ・カーストや、上位カーストと結婚をすることなども基本的に許されていません。また、生まれた時点でその役目・仕事が決まっているため、教育を受ける必要も無いと見なされることが多く、児童労働や幼児結婚・妊娠等の問題の原因ともなってきました。不可触民として何世代も続き差別されてきた人々は20世紀後半に入り、差別に対抗し、自分たちの権利や尊厳を実現していくための運動を起こしました。そしてその運動の中で、自らを「ダリット」(抑圧された人という意)と呼ぶようになりました。

独自の生活習慣や宗教などを持った先住(少数)民族の人々もダリットと似たように、カーストを持たないグループとして歴史的に差別や抑圧の対象となってきました。これら先住民族の人々もそれぞれ他の民族・カーストと結婚することは慣習的に許されておらず、末端的な職業のみをあてがわれ、政治、社会、経済、それぞれの分野で構造的に差別・排除をされてきました。

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現代に入り、カースト制度の存在する国々では、だんだんとそれに基づく不可触制や差別を、禁止、防止または是正するための法律や制度が作られてきています。しかし、カースト制度は政治、社会、経済システムの中と、特に「主要社会」を構成する人々の意識の中に深く組み込まれており、未だに各地でカーストを持たない人に対する、非人間的または非人道的な差別、暴力などの報告が後を絶たちません。農村部では上位カーストの人々による大土地所有制がほとんどで、下位カーストの人々が小作人、ダリットや先住民族などのカースト外にいる人たちは季節的な日雇い労働、という構図が未だに続いています。一方、都市部では、経済発展等に伴い、カーストに縛られない就職の可能性が生まれてきているものの、必要な教育や技術習得の機会すら奪われている人たちは根本的な競争力に欠け、仮に稀なケースとしてそれらの機会を得、必要基準を満たしていた場合も、選考の段階でカーストを理由に落とされることが多くあります。さらに就職・雇用に際し、コネや賄賂等が必要な場合、借金をしてその機会を得る人もいますが、この場合、結局債務奴隷化してしまうケースが後を絶ちません。さらに同じ職に就いていたとしても、カーストを持たない人に対する給料が差別的に低いことも恒常的で、給料の遅延や未払い等も頻繁に起きています。

社会保障のシステムや労働者の権利がほとんど無い中で、権力と資源を持ったカーストからの搾取に対抗する手段は皆無に等しく、根本的な人権や自由すら否定されたまま、多くのダリットや先住民族の人々は社会の最底辺に取り残されています。また差別と貧困の連鎖の中、劣悪な居住・衛生環境で暮らす人たちに、必要最低限の医療の機会すら保障されていることも少なく、胎児から高齢者まで、健康に問題を抱えた人の割合や、治癒可能な病気や怪我が複雑化してしまう、もしくは死亡に至ってしまう率も高くなっています。

カーストに基づく差別や、その結果としての格差を是正するため、インドでは主要な手段として留保制度が作られ、人口比に応じて高等教育や地方政治の中で、ダリットや先住民族代表者のための特別枠が設けられています。しかし、この枠を通じて、実際に高等教育や就職の機会を得たダリットや先住民族の人も例外的に存在している反面、大部分は留保制度の恩恵すら得られていません。また、何らかの形で経済的、社会的、政治的に力をつけたダリットや先住民族の人たちに対して、上位や下位カーストの人々からの報復行為(家屋破壊や暴力、時には殺人)がとられることも少なくありません。

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